言葉の森へ、ぶらっと。(1)

 私は最近、ある企業のSP室(広告や販促策の企画を考える部署)の人たちに「言葉は心を伝える道具です―――コピーライティングからの発想」という演題でレクチャーしました。企業のコミュニケーションの質を高めたい。そして消費者をはじめ様々なステークホルダーの共感を得たい。そのための「言葉の働き」をレクチャーしてほしい。というのが講演依頼の主旨です。私の講演の組み立てはざっと次のようなものでした。

(1)言葉は、コミュニケーションの道具(優れた)である。
(2)言葉は、当然ながら意味を持っている。『大言海』や『大辞林』という名の辞書があるが、それは意味の海、意味の森林とも言える。
(3)コミュニケーションとは、多種多様な言葉を使って、人や企業の考え方や意志、感情などを伝えたり、あるいは生活やビジネスの場で、人それぞれの意見、主張を述べ、また相手の考えや気持ちを聞くことである。
(4)「情報を伝達する」だけでは、コミュニケーションとは言えない。それぞれの考えや思っていることを言葉で受け渡し(交換)し、共通の認識を得、意思統一を図り、共感を得たり、反発しあったりなどすることがコミュニケーションである。
(5)情報伝達は一方通行。コミュニケーションは双方向の会話。端的に言えば「対話」。人と人が「質問と応答」を繰り返し、相互理解を得ることができれば、コミュニケーションが成功したと言える。
(6)コピーライターは「言葉によるコミュニケーションの技術者」である。

―――――当日はこのようなスタンスで話をしたのですが、あくまでも広告や販促策に役立てるというのが前提です。だから私の長年のコピーライター経験、ディレクター経験で得た知識を講演としてふくらませたものでした。 コミュニケーションの基本は「対話」。コピーライティングの発想もまた「対話」が基本です。消費者と企業との「対話」であり、企業からの一方通行ではダメ。この「対話」をキーとして「言葉」について話をしたわけですが…。じつは心の中で「本当に言葉って何だろう、よく分からないなぁ?」と思っていました。「まぁ、広告の言葉だから、あまり深刻になっても…」と自分に言いきかせながら、なんとか約2時間の講演を終え、出席の皆さんにも喜んでいただけのですが…。私はいまひとつスッキリしない気分で会場の外へ出て、近くの喫茶店ですこし頭を冷やすことにしました。そこで30分ばかり休憩し、「いつか、もうちょっと広い視野で”言葉”について考えてみたいなぁ」と、ぼんやり思っていたのです。もうちょっと広い「言葉の森」へ出かけ、気ままに散歩したいなぁ…と。森の小径をあっちへぶらり、こっちへぶらり、小さな吊り橋を渡ったり、渓流の水で冷やした缶ビールはさぞ旨いだろうなぁとか、漠然と考えているうちに本物の森に出かけたくなり、実際、翌週の日曜日には妻と二人で奈良の春日奥山原生林の道を2時間近くも歩いたものです。閑話休題。
私はつまり、言語論の話をしようというわけではありません。いろいろな言葉、たとえば小説や詩、歌、手紙、日常会話、広告などの、いわば「言葉めぐり」を古寺散策とか酒場めぐりとかの気分で楽しんでみようと思い、このTatazumai Lectureの執筆をお受けしたのです。

 「言語学」なんていう、とてつもなく大きな学問の森は、理論言語学、応用言語学、社会言語学、比較言語学、意味論、記号論など、イヤになるほど広漠としていて奥深い。とても私の任ではありません。

 理路整然と「言葉」について語るより、もっと別の方法はないのか、と考えて思いついたのが「言葉の森へ、ぶらっと」というタイトルです。とくに独創的な発想でもないのですが、寄り道する面白さをご一緒に楽しむことができれば、すごく嬉しいのですが、さて…。

 いったい「結論は何なんだ!?」とお叱りを受けるかもしれませんが、そこが寄り道の魅力。急がば回れ。森の小径を行ったり来たりしているうちに視界が大きく開け、思いがけず素晴らしい景観が現れる、ということもあります。ところで「森の小径」と書いて、私がすぐ思い出したのはあの名曲「鈴懸の径」(作詞・佐伯孝夫/作曲・灰田有紀彦/1942年・ビクター)です。歌ったのは作曲者の弟・灰田勝彦。私は昭和23~24年、中学1年生の頃、この歌をはじめて聴いていっぺんに好きになりました。当時の歌謡曲にはめったにない、とても洒落た感じのハワイアン音楽で、いまでもシッカリ覚えているほどの感銘を受けました。歌詞がまた垢抜けています。
♪友と語らん/鈴懸の径(すずかけのみち)/通いなれたる/学校(まなびや)の 街/やさしの小鈴/葉かげに鳴れば/夢はかえるよ/鈴懸の径 (繰り返す)♪

――――― 「鈴懸」は、鈴掛、また篠懸とも表記されますが、プラタナスと言ったほうが分かりやすいかも知れませんね。でも、やはり歌詞には「鈴懸」がいい。文字の姿・形がきれいです。モノのカタチを象る(カタドル)ことが漢字など象形文字の成立する基本ですが、日本人はその使用法を繊細な感性で磨いてきたのではないでしょうか。ちなみに「鈴懸」は、古くはプラタナスとは違う花を指す言葉だったという説があります。バラ科の一つ「小手毬(コデマリ)」。春、小さな白い花がマリのような形にかたまって咲く花で、たしかに”白い鈴を懸けた”かのように見える姿は「鈴懸」の名にふさわしい。いつ頃からプラタナスが取って代わったのか、明治か大正に渡来したそうですから、たぶんその頃からか…? 調べれば分かるでしょうが、いまはあまり寄り道しないで、「森の小径」に戻ります。

 ところが困ったことに、いま突然思い出しました。「森の小径」という歌があるんですよ。ご存じですか?
また寄り道になりますが、ごかんべんください。日本ウクレレ協会協会歌で、やはり同じ佐伯孝夫と灰田有紀彦が作詞・作曲(1940年)の抒情に富んだメロディです。1番・2番・3番の歌詞をご紹介します。いいですよ!

♪ほろほろこぼれる/しろいはなを/うけてないていた/あいらしいあなたよ♪
♪おぼえているかい/もりのこみち/ぼくもかなしくて/あおいそらあおいだ♪
♪なんにもいわずに/いつかよせた/ちいさなかただった/しろいはなゆめかよ♪

―――――  と、短い歌ですが、音痴の私が中学生の頃、ひとりで口ずさんではいい気分になっていました。学校の近くに神社があり、その奥が小高い山で、渓流に沿って細い曲がりくねった径がつづき、小さな池なんかもあり、散歩するのには最高でした。で、学校の帰りに寄り道するわけです。そんな時、この歌を小声で唄いながら山のふもとを半周くらい歩いたものです。白い花が散る並木道を”小さな肩をそっと寄せて散歩する二人””ひそやかに泣いている愛らしい彼女”、そして”小さな白い花びらがほろほろと舞い落ちてくる”。そんな素晴らしい情景が目に見えるようです。3番の終わり♪白い花、夢かよ~♪という歌詞、これはかって若かった頃の思いでを唄ったものなのかもしれません。たぶん大学生の頃の…。やはり優れた「言葉の連鎖」がイメージを喚起する力はすごいと思います。
寄り道ついでに話しますと、私は大学生のときにこの歌をもう一度、大好きになりました。あの石原裕次郎が唄っているのを(テレビかラジオか、忘れたのですが)聴き、もともと裕次郎ファンの私は大感激し、その日、友人を呼び出して屋台で飲み明かしたものです。この歌の二人はその後いったいどうなったのか、そして愛とか恋についての自分たちの考え、経験談、裕次郎映画の話から演劇論、女性論、そして文学論と、私たちの話はつきなかった。たぶん未熟な考えを喋りあったのでしょうが、「森の小径」の歌詞=言葉のイメージ喚起力が音楽により増幅され、私の中に「抒情詩」への思いを改めて呼び覚ましました。

 一般的に、詩(poem)は大きく分けて「叙事詩」 「抒情詩」 「劇詩」の3つになります。叙事詩は簡単に言えば、歴史的な事件とか英雄の事績などを事実に即して語る韻文。世界最古の文学作品と言われる『ギルガメシュ叙事詩』、古代ギリシャの詩人ホメロス作と伝えられる『オデュッセイア』や『イーリアス』、イタリアの詩人ダンテの『神曲』などがとくに有名ですが、ヨーロッパには他にも数多くの「叙事詩」があります。

 で、日本の場合はどうなんでしょう。もともと日本語の性格上、言葉自体が押韻や脚韻を重視する言語表現(修辞法)に向いていないのです。和歌や俳諧のように、五音と七音を基調とする音数律が伝統的で、「叙事詩」や戯曲形式の韻文詩である「劇詩」というジャンルはどうも苦手なんですね。あまり発達しなかったようです。でも、その代わりというか、私たちには歌舞伎、文楽、能、狂言といった世界があります。ここでの”語り”や”謡い”の言葉は当然、このTatazumai Lectureでもいずれ考えてみたいと思っています。しかし、その前に日本の「抒情詩」という世界、広々とした森の中を気ままに歩いてみましょう。この森にはじつに多種多様な樹木が枝葉を繁らせています。「花鳥風月」や「月雪花」という古くからの言葉に込められている日本人の感性は、現在もさまざまに姿・形を変えて抒情詩の中に生きています。この分野で、私の好きな詩人は北原白秋、中原中也、立原道造、戦後の詩人では田村隆一、鮎川信夫、天沢退二郎、石垣りん、茨木のり子、白石かずこ…など。まだまだ多くの優れた詩人がいますが、彼らの詩の言葉を見るのはもうすこし後にして、抒情詩の源流へ遡ってみましょう。

 Tatazumai Lectureのコンセプトは「未来をもとめて」ですが、どれだけ過去へ遡れるかにより、どこまで未来を考えることができるかが決まる、と私は思っています。木の根が地中に深く伸びないと、木の幹は高く伸びることはできません。

 で、この「抒情詩」という深い森をどんどん奥へ奥へと分け入っていくと、やはり『古事記』や『日本書紀』の上代歌謡(記紀歌謡)に出会うことになります。独立した歌謡というより物語の進行を歌の情感により演出するものが多いのですが、儀式歌や宮廷人の創作による独立した歌もあると言われています。上代歌謡は漢詩に対する日本の歌、「やまとうた」「やまとことば」などとも呼ばれ、五音と七音が基本の定型詩です。私たちが三十一文字(みそひともじ)として理解している「和歌」の母胎、と考えてほぼ間違いありません。日本神話で須佐之男命が詠った歌―――――「八雲立つ/出雲八重垣/妻ごめに/八重垣作る/その八重垣を」が日本最初の和歌と言われます。「八雲立つ」は出雲の枕詞です。「八雲」はもくもくと湧き出る多数の雲、出雲国を象徴する言葉です。「八重垣」は何重にも巡らした垣。つまり新妻を「こも」らせる宮の周囲に、幾重にも垣を巡らせよう、というわけです。
歌の意味はとくにどうということもないのですが、五音・七音の音数律とともに、枕詞・対句・繰り返しの修辞的技巧がリズム感をつくり、雄大な景観をイメージさせ、読み手の気持ちが昂揚していることを感じさせます。ここにある詩的な感覚とレトリックを抒情詩の源泉と言っていいのではないでしょうか。

 あの八俣の大蛇を退治し櫛名田姫を得たスサノオが、新婚の住まいを造ろうとして出雲の国を探し歩き、須賀という地にやってくると「わが心は清々しくなった。ここに宮を造ろう」と言い、そのときに詠んだ歌です。彼の喜びを素直に表現していて、しかも神話的なおおらかさがあり、私はとても気に入っています。高天原では乱暴ばかり働き、お姉さんの天照大神を困らせたスサノオですが、本当は純情なんですよ、きっと。また櫛名田姫をよほど愛していたと思われます。そう言えば、純情とか愛はこれ以降も抒情詩の発展に欠かせないファクターになります。

 次回は、「愛の歌」を記紀歌謡と万葉集を中心に見ていきたいのですが、Tatzumai Lecture「言葉の森へ、ぶらっと」の第1回目はこのあたりで、一応のくぎりをつけたいと思います。

古林清嗣 (株)グループ現代・代表

「佇まいネット」は、芸術・文学・科学・社会的視点からの佇まい綴り。