言葉の森へ、ぶらっと。(2)

 大国主命(オオクニヌシノミコト)の名は、知らない人はいないのではないでしょうか。若い頃、彼が因幡の白兎を助けたという話はたいていの人が知っています、よね? 私が小学校の頃は教科書にも出てきましたし、絵本や紙芝居でもスサノオの八俣の大蛇退治の話と人気を二分していましたが、いまの子供たちにはどうなんでしょう?

 このオオクニヌシはスサノオの六世の孫で、出雲の主神です。ところが彼にはいろんな異名があり、ちょっと訳が分からなくなるほどです。たとえば大穴牟遅神(オオナムチノカミ)、八千矛神(ヤチホコノカミ)、また葦原色許男神〔葦原醜男〕(アシハラシコヲノカミ)、大国玉神(オオクニタマノカミ)、顕国玉神(ウツシクニタマノカミ)、大物主神(オオモノヌシノカミ)などなど…。こうした多くの異名にはそれなりの謂れがあるのでしょうが、古代史の専門家がどのように考えているのか、いまはまだ調べていません。私は勝手に「変身」という視点で、この異名の神々を見てみるのも面白いのでは、と思っています。ギリシャ神話のゼウスの「変身」と比較できないだろうか、とか…。いずれ考えてみたいのですが、いまはこの神を「オオクニヌシ」という名に統一して話を進めます。とにかく彼は記紀神話に多数の異名で登場するヒーローで、数々の面白いエピソードがあります。が、この「言葉の森へ、ぶらっと」としてはそれはさておき、彼が奴奈川姫(ヌナカハヒメ)に求婚する際の相聞歌「愛の歌」の話にもっていきたいのです。と言いながら、またまた話がそれますが、しばらくごめんなさい。

 私は子供の頃、奈良県桜井市(当時は奈良県磯城郡桜井町)に住んでいました。近くに三輪神社があり、(遠くから眺めると)その背景に円錐形の三輪山が秀麗な姿を見せています。この三輪山は、神奈備山(かんなびやま)の典型とされ、古代より神の鎮まるお山として崇められてきました。山そのものが神体であり、『古事記』や『日本書紀』には御諸山(みもろやま)、美和山(みわやま)などと記されています。この三輪山が三輪神社の祭神です。縄文・弥生の時代から山の神・水の神として、人々は畏敬の念をもって日々この美しい山を仰ぎ見ていたに違いありません。やがて古代人の信仰を集める神格を持ち、大和(やまと)の国を守護する「大和一の宮」と意識され、その主神として大物主神(大国主命の異名)が祀られるようになった、というのが記紀神話が語るおおよそのストーリーです。で、それがどうしたと言われそうですが、私は子供時代、この三輪神社によく遊びに行っていたものですから、いまも大国主神には親密感があり、スサノオと共に古代の神々の中でもいちばん好きな神様なのです。まぁ、ただそれだけのことなんですが、ひとつ面白い説話がありますよ。もう少し我慢して読んでください。

 『古事記』によりますと―――活玉依姫(イクタマヨリヒメ)という、たぶん三輪の豪族の娘さん(きっと村一番の美人)だと思うのですが、彼女のところに毎夜、男が通ってきます(いわゆる夜這いでしょうか?)。しかし姿がよく見えなくて、何者なのか、どこから通ってくるのか、まったく分かりません。姫は困って、親に相談したところ、「男の着物に、糸を通した針をさしておいて、その糸を辿っていけば、どこへ帰るのか分かる」と教えられます。「糸の従(まにま)に、尋ね行きしかば、美和山(みわやま)に至りて、神社(かみのやしろ)に留まりにき。故れその神の子なりとは知りぬ」と、『古事記』は物語りますが、この神の子が大物主神なのです。この説話を、私たちは子供の頃に聞いていました。細部は正確ではなかったでしょうが…。話してくれたのは誰だったのか?たぶん三輪の大工さんの息子(私の友人)の叔父さんか、親父さんだったかと思うのですが、はっきりしません。ただ、大物主神の着物に通された糸は「赤い糸」で、神は「蛇の姿」に化身して三輪神社の大きな杉の木の洞に入っていった、と聞いた記憶があります。古くから三輪の村に伝わる素朴な民話、そんな感じの訥々とした話しぶりを、私たちは胸をドキドキさせ夢中になって聞いていたものです。私は家に帰ってからも、あれこれ空想し、また胸をドキドキさせていたのを覚えています。

 さて、古代史の森の入り口でウロウロするのはこの辺で止めて、「言葉の森」へ行きましょう。大国主命が多くの異名を持っていることは先に言いましたが、その一つに八千矛神(ヤチホコノカミ)というのがありました。この名は「武威にすぐれ、多くの矛を持ち、いざとなればその矛で邪神をやっつける偉大な武神」というほどの意味です。

  このヤチホコの神が奴奈川姫(ヌナカハヒメ)に求婚する際の「愛の歌」は見事ですよ。高志国(現在の越前から越後=福井、石川、富山、新潟県)のヌナカハヒメの家(越後国頸城郡沼川郷)にお出かけになって歌われたものです。ヌナカハヒメの冷静な応答(返歌)を見ると、彼女が叡智に富んだきわめて聡明な女性であることが分かります。うがった見方をすれば、ヤチホコの神の純情さとヌナカハヒメの落ち着きぶりは、男の弱さ・女の強さと見ることができます。恋愛中の男と女の関係(心理的な)は1500年前の昔も今もあまり変わらないんだなぁ…と、ちょっと面白いですよ。
下記、ヤチホコの神の歌です。自分のことを敬語で表現しています。

八千矛の  神の命は
八島国  妻枕(つまま)きかねて
遠遠し  高志の国に
賢(さか)し女を  ありと聞かして
麗(くは)し女を  ありと聞こして
さ婚(よば)いに  あり発(た)たし
婚いに  あり通はせ
太刀が緒も  いまだ解かずて
襲(おすい)をも  いまだ解かねば
おとめの  寝(な)すや板戸を
押そぶらい  わが立たせれば
引こずらい わが立たせれば
青山に  鵺(ぬえ)は鳴きぬ
さ野つ鳥  雉(きぎし)は響(とよ)む
庭つ鳥  鶏(かけ)は鳴く
心痛(うれた)くも  鳴くなる鳥か
この鳥も  打ち止めこせね

 おおよその意味は理解できると思いますが、歌の主意を簡単に説明しておきます。「国中を探したが、妻にしたい女性がいない。しかし、遠い遠い越の国に、賢くて美しい乙女がいると聞いてはるばるやって来た。いま、私は太刀の下げ緒もとらないで、着物もぬがないで、あなたが休んでいる家の板戸を押し揺さぶり、引き続けているが、なんの返事もない。山では鵺が鳴いた。野原では雉が鳴いた。鶏も鳴いた。もう夜明けなんだ。腹が立つ鳥たちだ。打ちたたいて鳴くのを止めさせてやろうか。はるばる求婚に来たのに、夜が明けるなんて許せない!」と、偉大な武神が大声で叫んでいるわけです。(記紀歌謡というのは”読む歌”ではなく”謡う歌”です)。恋する大神の荒ぶる姿が目に見えるようです。ヌナカハヒメもきっと驚いたに違いない、と思うのですが、そこが彼女の賢いところで、家の中から冷静に謡って聞かせます。次の歌がそれです。

八千矛の  神の命
萎(ぬ)え草の  女にしあれば
わが心  浦渚の鳥ぞ
今こそは  我鳥(わどり)にあらめ
後は  汝鳥(などり)にあらむを
いのちは  な死せたまひそ
―――――――――――――――――――――――――
青山に  日が隠らば
ぬばたまの  夜は出でなむ
朝日の  笑み栄え来て
栲綱(たくづの)の  白き腕(ただむき)
あわ雪の  若やる胸を
素手抱(そだた)き  手抱(ただ)き、抜(まな)がり
真玉手  玉手差し枕(ま)き
股長(ももなが)に  寝(い)を寝(な)さむを
あやに  な恋いきこし
八千矛の  神の命

 いかがですか? 賢明な返歌です。でも、けっして冷たくない。「ヤチホコの神さま、あまり大きな声を出さないでください。わたくしは、萎え草のように、弱い女ですもの。心が、浜辺の州にいる鳥のように騒いでいます。いまは気ままにしていますが、もうすぐあなたの鳥になる乙女です。落ち着いてください。けっして鳥たちを打ち殺さないでください」と、ヤチホコノカミの激情をやんわり鎮めつつ、続けて謡われた歌がすごいですね。「明日、緑の山に日が沈んだ後の、真っ暗な夜に来てください。朝日のように、にこやかに、晴れ晴れとした気持ちでおいでください。コウゾの樹皮で編んだ綱のように白い腕や、淡雪のように白く若々しい私の胸を抱きしめ、愛撫し、からみ合い、玉のようにまろやかな私の手を枕にし、足を長々と伸ばし共に寝ましょう。いまは、むやみに恋い焦がれて叫ばないでください。尊いお名前の八千矛の神さま」。素晴らしい歌ですね。

  このように言われては、さすがの武神もいったんは引き下がらざるをえません。いつまでも、しつこく叫んでいると、せっかくの「愛の歌」が「拒否の歌」に変わるかもしれません。しかしこの歌は「愛の歌」というより、それ以上、「エロスの歌」と言ってもいいのではないでしょうか。ことに彼女の手、腕、胸を言い表す「玉石(勾玉のイメージ)やコウゾの皮(和紙の原料)、淡雪」の比喩。また「手抱(ただ)き、抜(まな)がり」や「股長に」という言語表現、これらのレトリックは大胆というか、見事というほかありません。彼女の白くて美しい肢体が彷彿として、目が眩むようです。武神はもうフラフラになって、どこか宿へ戻ったことでしょう。そして約束通り翌日の夜に出かけて行き、彼女の寝所に入り結ばれるわけです。ヌナカハヒメの歌全体にちりばめられた枕言葉、掛詞、比喩などレトリックの巧みさをもう一度確かめてください。男の気持ちを鎮めつつ、しかも彼の愛をしっかり捕らえる叡智の見事さが分かります。ヤチホコノカミの男の真情を謡う歌と共に、記紀の相聞歌を代表するものの一つだと言えます。この歌詞に独自の楽曲をつけて現代化し、唱われることも多いと聞いています。しかし、歌の美しさもさることながら、深い緑の山裾に立つヌナカハヒメを想像すると、あのアフロディテ、海の泡から生まれたという愛・美・豊饒の女神(ギリシャ神話)の姿(イメージ)と重なります。ヤチホコノカミの恋い焦がれる気持ちも、むべなるかな、ですね。ただ、こうした想像もすべて「言葉の力」により喚起されるわけです。「言葉とは何だろう?」について、さらに考えていきたいと思います。

 ヤチホコノカミとヌナカハヒメの話しがすこし長くなりました。また、「言葉の森へ、ぶらっと」のスタンスとしては話し方が説明的に過ぎたかもしれません。もっと気ままに言葉の渉猟を楽しむのが本来なのですが、「古事記」はやはり簡単にはいきません。一歩足を踏み入れただけで、その森の深さが分かります。でも、もう少し歩いてみましょう。ヌナカハヒメの歌謡にもちりばめられている枕言葉、掛詞、比喩など、まだまだ素敵な「言の葉」が繁っています。ただ、このLectureは古代文学の研究ではありません。記紀歌謡をもっと気軽に楽しめないか、「言葉の森」の小径をどのように歩けば楽しいのか、いろいろ考えてみたいと思います。

古林清嗣 (株)グループ現代・代表

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