科学の眼

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寄稿・之奎氏

1.極氷に挑む科学者たち

1万2000年前、氷は解け、氷河は縮小し続け、温暖な気候が長く続き、広大
な地域は豊かになった。ナトゥフ人と呼ばれる古代人は、多くの獲物を捕らえ、果実や野生の食物を集めた。空にも、海にも、これから訪れる気候の激変を予告するものは何もなかった。わずか数年のうちに、気温は低下し、冷たい強風が吹き荒れ、あらゆる生命は極寒の厳しい環境の中でかろうじて生きた。
 しかし、1200年後には、再び温暖化に向かい、土地は肥沃になり、古代人の人口は増えた。寒冷期から温暖化へのこの変化は、わずか20年の短い間に、突如として訪れたのである。

 前兆のない気候の激変は、グリーンランドや南極の氷床の調査・研究から確証された。この地域の氷床は、何百万年もの長い間、両大陸に降り注いだ雪が氷となって固化し、その高さは数キロメートルにもなる。何百万年もの長い間、零度以下に保たれた氷床は、一度も水になったことはなく、地層と同じように、何百万年、何十万年の気候の歴史を閉じ込めている。勿論、土壌や海底堆積物中の有孔虫や氷期で育つドライアスの花粉の化石、地形や海流の変化からの、気候の歴史について示唆に富んだが得られているが、ここでは数キロ以上の氷床のコア(掘削試料)の研究から、気候学者は将来の地球の気候をどのように考えているかを述べる。

 初めての氷床の研究は、1930年、大陸移動説を唱えた異端の科学者ヴェーゲナーの探検隊であった。彼らは、気候の歴史が克明に記録された氷床に最初の窓を開けようとして、ノミ、鋸とシャベルで深さ16メートルの氷床コアを手で持ち出した。極氷の研究にとって、最も画期的であったのは、第二次世界大戦後の原子力の研究から誕生した核化学であった。ここでは詳しく述べないが、炭素には軽い炭素と重い炭素があって、氷床中の二酸化炭素や化石の軽い炭素と重い炭素の比(同位体比)を測定すると、氷床の各層の生成年代がわかる。酸素にも軽い酸素と重い酸素があり、気温が低くなると、重い酸素は少なくなるので、その割合(同位体比)から、氷床が形成された温度が決められる。グリーンランドの氷床の厚さは約3キロもあるために、基盤岩までのコアを得るためには、掘削ドリルの開発と、深部の氷をそのまま地上まで持ち出す工夫が必要であった。何度も新しいドリルを試作し、南極やグリーンランドの氷床からコア(円筒状試料)を採掘した。中でも、最も理想的な調査は、グリーンランドの氷床の頂上の標高3170メートルから基盤岩までの全長3.2キロのコアの採掘である。頂上からのコアは、氷の横すべりがないために、気候の歴史を正確に保存している。採取したコア側面に電極をつけ氷床の深さ方向の電気抵抗を測ると、抵抗値は気候の急激な変動を示すスパイク状の変化、夏と冬の違いまでも区別する。コアの反対側から蛍光灯で照らすと、夏と冬では透明度が大きく異なり、わずか10センチの部分で、透明であった極氷が不透明に変わる。炭素と酸素の同位体比のデータをも総合して、過去10万年間の氷床の正確な年表と気温の変化や気泡中に閉じ込められた気体の種類と濃度を明らかにした。このデータは、氷期と間氷期(温暖期)の間の天候の変化が、地質学者の常識であった緩やかではなく、前触れもなく、突然冷たい風が吹きぬけ、数年のうちに厳しい環境に取って代わることを示している。突然の急激な変動は、どの場所の氷床や古代の海底堆積物からも見出され、地球規模の現象であった。1980年代、氷床の気泡の化学成分は、当時の大気のそのものであり、気温の上昇とともに、二酸化炭素濃度が増加しているという発見も、気候学者に大きい衝撃を与えた。長期にわたる地球の軌道の変動によって、新たな氷期に陥るという予想は、二酸化炭素濃度の増加による地球温暖化への懸念に取って代わられた。

 氷床の記録から、地球は何回も気候の急激な変動を経てきたという発見は、1990年代の科学者にとって大きい驚きを与えた。地球の軌道の周期的変化、海流や塩分濃や地勢の変化から説明を試みたが、いずれも成功していない。現在の科学では、これからの気候を予測することはできないのである。これについて、スイスの地球物理学者オシュガーは、「地球の気候をゆっくり変える原因に反応するばかりでなく、気候は何らかの限界を越えると、いきなり方向を変える。」と指摘している。また、米国の気候学者ブロッカーは、「確実に言えることは、気候の変化には限界値(例、二酸化炭素濃度の限界値)があって、それを越えると気候は新たなモードになる。しかしその大変動が間近なのか、遠い将来なのか、誰にもわからない。」と。
              
(参考文献、『異常気象の正体』、ジョン・D・コックス、河出書房新社、2006年)

2.地球温暖化の真実

気温の僅かな変化は太陽活動の変化、火山の大噴火、地表と海面の温度、降水量、海流、極地の氷や人間活動が複雑に絡み合ったものである。そのため、地球の温暖化が自然の変化によるのか、人間活動の結果なのかを決めるのは簡単でない。地球の温度測定、衛星による観測、気象を予知する気象モデルの検討、データが得られると再チェックを重ね、他のデータとの関連を調べる地道な作業が続き、仮説の検証が何度も繰り返された。地球温暖化の原因の解明は、単に19世紀初期からの気候の研究だけでなく、南極やグリーンランドの乾いた氷床に隠された何十万年間の古気候の研究が不可欠であった。ここでは、気候に関する政府間パネルの最新の報告書を参照し、地球温暖化への人間活動の影響について述べる。

大気中の二酸化炭素は、地球から反射される太陽エネルギーを吸収して、地球を暖める。これらの気体の大気中濃度は1万年前からほぼ一定していたが、産業革命が始まった200年前頃から、増加し始め、ほぼ10年前から急に増えた。急増したといっても、二酸化炭素の分子の数は、産業革命前、空気の分子の数100万個当たり、約270個(270ppm)、それが、現在、約370個になったに過ぎない。この極めてわずかな増加は、現代科学の分析技術から、化石燃料の燃焼によって生成されたものであることが明らかにされた。一方、気温の変化を見ると、20世紀初頭の1906年から21世紀初頭の2005年の100年間の地球の気温の上昇は0.74度であるが、20世紀中期の1956年から2005年までの間の気温の上昇は0.65度である。つまり、20世紀の気温上昇はこの世紀の後半に集中している。海洋の観測データも、温暖化の傾向と一致している。1978年以降、北極圏の海氷が減少し始め、通年平均で10年間に2.7%の減少、夏には7.4%も減っている。また永久凍土の温度の上昇、氷河やグリーンランドと南極の氷床の溶解が観測されている。1993年から始まった人工衛星によって、氷床による海面上昇は、年間3.1ミリであることが明らかにされた。

残念ながら、正確な観測は最近の数10年に過ぎず、また記録の開始時期もまちまちである。気温や海面の上昇が極めて小さいために、これらの変化が異常であるという結論を引き出すためには、古気候の研究成果を参考にする必要があった。幸い、南極やグリーンランドに堆積した乾いた氷床は過去の長い期間の気温と二酸化炭素の濃度を年輪のように記録していた。これらの古気候の変化と比較すると、過去1300年の間で、最近の半世紀の温暖化は異常である。極めて僅かな気温変化が、自然の変化かによるか、あるいは、人間活動の影響なのかを明らかにするために、気候モデルを用いて、気温変化のシミュレーションを行った。1905~2005年の間のシミュレーションの結果は衝撃的であった。つまり、この間の気温度上昇は、自然の要因のみでなく、自然と人間活動の影響によるものであった。

 台風は、太陽光が海面に垂直に照りつけ、海水の蒸発が活発に起こる熱帯地方に発生する。台風の発生は、海水の蒸発を促す海面温度と深く関係している。海面温度は、1970年以降の地球温暖化によって、0.6度上昇し、この温度上昇は海水の上昇を活発化させ、大気中の水蒸気は4%増加した。大量の水蒸気は凝縮し、雨を降らし、水蒸気が水になるとき、熱を放出して、空気を温める。暖かい空気は上昇気流を強め、それに見合った水蒸気を含んだ風を周囲から吸い込み、台風を発達させると同時に、降水量を8%も増加させる。メキシコ湾を進むハリケーン・カトリーナの場合は、海面水温が1度上がるだけで、ハリケーンの強度カテゴリーを2から3にし、降水量を18%も増やした。確かに、地球温暖化は台風を凶暴化させているが、発生数に及ぼす影響はまだ明らかになっていない。

 気候もモデルが予想できるのは、たかだか100年先まで、それ以上は霧に包まれる。二酸化炭素の排出が現在の割合で増加すると、21世紀の終わりには、800ppmとなり、気温は1.8~4.0度上昇し、海面は30~40センチ上がると予想されている。この値にグリーンランドや南極の氷床の融解を加えると、さらに10~20センチ高くなる恐れがある。二酸化炭素の増加がこのまま続くと、21世紀の終わりには800ppmになる。増加した二酸化炭素は海にゆっくりと吸収されるので、200年間は大気中にとどまる。

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